控えめの美

2014年1月11日

k.suzuki

 銀座の和光にて、テーラー・鈴木健次郎さんのトークショーを拝聴する。「階級社会」という話は聞いた事はあるし、何となく漠然とイメージでは分かったようなつもりでいても、日本の自分の生活においてはピンとこないものである。例えば、見るスポーツからして全然違うらしく、サッカーでフランス代表と日本代表が戦いましたね。というような話をしたとしたら、「君はサッカーなんか見ているのかね?」といったような具合にである。しかしながら、どこの有名なメゾンで修行したからとか、チーフのカッターであったからだとか、何人であるから(国籍)とかに関係なく、この人が自分に合う服を作れる人だと一旦見込んだら、顧客として、また同時に協業者のような思い入れで以て、長い目で見てくれるのは、その階級があるからこその、文化を育んでいけるパトロン的な伝統なのである。その様なお客様の服を仕立てるに当たり、鈴木さんが念頭に置かれているのは「Discrete=控えめな」姿勢だということだ。それは、ものづくりだけでなく、例えばレストランでの支払いひとつにまで一貫しているものだと。服に感情や「私」が入り過ぎることは、非常に「うるさく、重苦しい」と。例えば、イタリアのテーラー(サルトというのかな?)は、非常に「私」が入っているが、良い意味では一人一人が自分こそが世界一だという自負があり、逆に言えば「うるさい」とも取れる。フランス(というか欧州)は、ハウス・スタイルを合理的に一本化出来るという利点から、ベースパターンを重視する文化であるということで、そのこだわりのパターンを引く際でも、感情を突き放したような細い線を一発で引く事を心がけ、服には空気が孕むようにしたい。今回は、オーダー会の一環としてのトークだったので、全てをパリのアトリエで仕立てられる「トップ・ライン」と、縫製は日本の職人が行う「プルミエール・ライン」とが紹介されたが、やはり縫い目の感じ一つ見ても、それぞれで雰囲気が全く違う。パリと日本では、スーツを着ている人数が圧倒的に日本の方が多いのだが、日本はもの凄い数量のスーツを非常に手頃な価格で高品質に作り上げるシステムにおいては飛び抜けていおり、本当に誇れる点であるとの事であった。できるできないといった技術的な問題での優劣というよりはむしろ、それぞれの文化・風土に合った、もとめられている事をやるのでなければ、差し当たっては意味が無い。差し当たっては、であるが。

テーラードの研鑽

2013年11月14日

M.O.V

 My own gray wool stripe flannel tailored vest with polyester back & lining, four welt pockets. / by Atelier hPark

 衿布を接ぐ角度に加えて、アイロンワークの甘さから、後ろみつの立ち上がりが物足りない。下がるので裏地も少しカットする羽目に。一着目と比べて、タチキリ線を正しく処理したため、フィットはより良いのだが、少し後ろが下がりたくなる。絞りに持って行かれている面もあるので、後ろの絞りはやや緩めても悪くはないと考えられる。箱ポケットの仕上がりが稚拙。袖ぐりは、一着目はタチキリをアガリにしてしまったが、それに慣れていると二着目はシャツが見え過ぎな気がしないでもない。単に慣れの問題かもしれないが、2つのちょうど間を取ってもいいかもしれない。

TPP.

2013年5月4日

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 Training. Practice. Practice.
 <芯据え> 内側へ向かう程、ゆっくり、ゆったりさせる。真ん中の糸一本が勝負。
 <衿付け> ネックポイントの近くに、長く裁った分量を集中させる。
 <上衿掛け> 衿の外回りに地の目を通す。アイロンで衿を曲げ、ゆっくり掛ける。

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 歯科検診帰りに、せっかくなので市場調査がてら東京駅丸の内口の新作「KITTE」へ行ってみた。混雑もほどほどという事もあって、商業施設としてとてもコンパクトで心地良い感じを受けたが、同JRタワーの2階3階にオープンしたインターメディアテクには言葉が無い。以前雑誌で見かけて、いつか拝見したいなぁと思っていた東大の学術文化財が常設された公共施設である。語彙に乏しく安易な言い方だか「一日中居られる」ミュージアムである。寡聞にして全く知らなかったので、どこで入場料払うのだろうと思った程だ。ゴールデンウィークは、ここで決まりで良いと思う。

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 何かと感傷に過ぎる季節である。ひと雨ひと雨がいよいよ秋らしい。ファッションの、服づくりの愛は、深い悲しみを越えられるだろうか。答えは否である。それは時間だけが癒し、一部あるいは全てを忘れさせ、解決してくれるものだ。しかしながらファッションは、服は、その時間の一部であればつくり出せるかもしれない。通常の日曜日が都合悪く、水曜日に振り替えていただいた私塾通いの日。これまで3季+ハンドメイドパンツコース1季を受講してきたが、私的な都合もあり、一旦の最終日となった。他の方の予定もあって、たまたま自分一人の授業であったし、もしそうでなかったとしても、大変不躾ながら私には先生にぶつけたい事柄があった。最後にして、服づくりの技術の事ではなかった。この質問は、相手を選ぶ。答えられる人が限られているからだ。非常にプライベートな部分をえぐる内容になってしまうが、長い歳月をさまざまな時間と戦ってこられた先生にしか伺えない。人生において、本当に先生と呼べる御仁に一人でも巡り会えたら、この上ない幸福である。そして、それはただ唯一自分だけの判断のみによって巡り会えるすべもなく、程度の差に関係なく関わりあった全ての友から享受した良い事・悪い事・喜び・悲しみ・怒り等がない混ぜになり、導かれた結果の幸運だと考える。これまでの授業で、このような質問をされた事は皆無であろうと思われた先生はしかし、意外というべきか、あるいは予想に違わぬというべきか、何ら不自然な間もあけず、とても自然と、且つ真摯に答えて下さった。まさに、先生が先生たるゆえん、真の経験によるお言葉であった。どこかからのコピー&ペーストに毒された私に響く生の声は、服づくりだけではなく一事が万事、全てが繋がったその生き方から紡ぎ出された。その昔、先生が若かりし頃、6つ程度しか離れていない同輩から、しばしば人生の相談を受けてらっしゃった事を聞くにつけ、歳を重ねる事だけが重要とは考えられない。だから、もし今、先生が私より若かったと仮定しても、おそらくその若い先生に向けられたであろう私の質問の行き先は、決して的外れではなかった。もちろん、服をつくりに来た事を忘れてはいない。ウェストコート (ベスト)のまとめ作業をする。昔のやり方も取り入れた尾錠まわりの処理、袖ぐり・ハナの星入れ。これで一旦ここを離れるが、これまでの復習だけでも一生服づくりを楽しめるほどの濃度だ。時間の許す限り、研鑽を重ね、ナインテイラーズのうちの、せめてワンかツーかスリー分くらいにはなって、復帰できたらと秋の雨天に想う。近日中に先生からお客様への納品を待つ、幻の生地 ”マジック” で仕立てられたダブルのストライプジャケットのこれ以上無い出来ばえの一つの到達点は、悲しみの一部を癒す愛を持ち合わせていた。恐縮な事に、技術やフィーリングは学生時代から、身に余るほど褒めそやしていただいていた部分があった反面、10年来ずっと、女性像(男性像)や服づくりの目的の不在という致命傷を全く解消できずに佇んでいた。それが愛であったという事は、ここへきてやっと確信であると思える。それを形にできるか。鈍感な帆を張って、船体を引きずり回して進む。

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 潤沢な手間と時間を注ぎ込むわりには、相対的に見て、あまり高い値段をつけられない(お客様がそれに充分な金額を払う考えやスタイルが少ない)という事に、いつもぶつかるハンドメイドのパンツが、レストランにおけるコンソメと同じ運命を辿るのは勿体無いといつも会話にのぼるのと同様に、今年何度も繰り返された「残暑が長い」という挨拶で始まった九月一回目の私塾日。裁断まで済んでいるジャケットの芯パターンづくりと裁断をし、同時に、ほぼ同じ形ではあるが、脇に珍しいカッティングを取り入れるジャケットのカッティングをする。ポケットの切り込みを利用して、別布をはめ込むのだが、タチキリ線で表そうとするので、最初はなかなか寸法計算に手こずるが、縫い目が一本増える計算になるので、非常に綺麗なラインを期待出来る。実技以外の質問事項として、ブレイシスで吊るパンツ作成の場合のウエストまわりについての考え方(食事を経てのお腹の変化や、礼服等の上物の丈の短さに対応するなど)、作成中のパンツの渡りについての考えと相談、手かがりボタンホールの芯糸について教えていただく。その他、先生のところの、いろいろなサイズやデザインのジャケットを試着させていただいたが、ネックポイントで着ているという感覚が絶大で、同時に衿の吸い付きの反りが肌感覚で感じられ、中でも、布だけで持ってみれば物量として相当重い、草原で寝転んでも大丈夫『ソーン・プルーフ』製のものは、きっちりテーラリングできれば、この上なく軽くこれほどまでに快い着心地を実現出来るというお手本であった。昔の日本の服には、「首の後ろに重点がかかるように作れ」とよく言われたようだが、それでは肩が凝る(日本語によって生じる状態)のは必至である。試着させていただいた麻のジャケットやツイードのジャケットを通して、その土地土地に相応しい生地というものがあるのではないかという話となる。

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 そう馬鹿みたいに口をポカンと開けている訳では決してないが、体調不良などもあり、あっという間に二週間が経つ。秋とは名ばかりの猛暑の中、私塾へ。どうしても納得出来ない部分の対処を相談する事と、その他いくつかの質問を持参し勉強する。ベストの衿みつの、ちょっとしたツキ皺が気になっていたが、やはり最後はハンドメイドの一番素晴らしいポイントであるアイロンワーク(もっと言えば、ハンドメイドとはアイロンワークの事であると言える。)にて解決する方向へ。経糸・緯糸で織られている生地の全体フラットな力を、熱と蒸気と時間と温度差によって、引っ張ったり縮めたりする事で、型紙で描いたデザイン曲線やダーツだけでは作りきれない立体感を出し、身体と運動にフィットさせるという目的に達する。今回は、バイアスで裁った「みつ布」を思い切って伸ばし、つまり肩の横方向に引っ張る事で、数ミリの寸法微調整では解決しきれなかった「ツキ」を解消し、背中に吸い付く事を狙ったものである。併せて、今回の背に使った裏地は、どうやら硬くて張りがあり過ぎるきらいがあって、素材選びでも反省すべき点があった。
 完成に近いスラックスではあるが、後ろの表情と、右腰の張りに対する落ち感が万全ではない。着心地も向上出来る余地があると考える。後ろ股ぐりを1センチくったものから、さらに横にも少し寸法を出し、引き皺気味なのを解消する。前は腰をさらに出す事とする。これで良いと思った型紙でも、素材によって結構違ってくる事が分かって来た。その他、次回作ろうと思う上着の、パーツのはめ込みパターンの考え方、カラークロス使用ではない場合はどうなるか等の疑問をうかがう。

vestback
Slacks and vest

 8月最初の私塾。ウェストコートの「みつ布」周辺(衿みつ)と肩部の処理・同時進行で完成間近のスラックスのフィッティングと細部についての質問を行う。ジャケットの時もそうであったが、後ろ右側にのみ、やや「ツキ皺」が出る。持ち帰り直してみるが、まだ出るので、印は気にせず臨機応変にもう少し思い切って詰めてみる。素材が裏地である事(しかも今回のものは、妙に張りがある)と、アイテムとしてタイトな分、体型がもろに出る部分で特有の難しさがある。みつ布をもう少し長めに裁って、アイロンで縮めたらもっと良かったかもしれないと考える。スラックスは前中心を持ち上げるよう改良した分、落ちは綺麗になったが、右腰の張りに対してもう少し出したら、さらに綺麗にいくと思われる。あとは、良い型紙に対してのテーラリングの精度だと考える。主にウエストまわり(腰芯の処理や腰裏・腰幕等の仕様)の質問をしたが、腰裏は、ぴったりきれいに据えると、ベルトを締める場合、度重なる締め付けによる「反り」に対応する余裕が無くて、糸がほどけてきてしまうケースが多く見られるとの事。対策として、裏側に丸く反らせて据えていく。
 ロンドン五輪男子サッカーで、ブラジル代表の国歌斉唱時のユニフォームにことごとく見られ、気になっていた「たすき皺」と「斜め皺」に関しては、自分の解釈が合っていたので、フィッティングも身になってきた実感があるが、ちょうどこの日は、他の方の仮縫いを実践させていただけ、この上なく勉強になった。見方は大体頭に入ってはいるものの、十人十色の個別のケースに、最小限の手数で最大の効果をもたらし、問題を解決していく視点は、まだまだ獲得できているとは言いがたい。
 まず、後ろ裾がくっつき過ぎていて、やや前がはねている(きれいに落ちていない)ので、最初、前に対して背が長いと思ったのだが、それにしては衿が高過ぎることはなく、むしろ低いか抜け気味ともとれなくもないため(実際には問題無しと言える)、結果としてはヒップ寸法が小さいだけであり、ここでは複雑に考え過ぎたという事になる。そして、何はさておき一番修正しなくてはいけなかった点は、大多数の人が当てはまる「右肩下がり」である。下がっている分量は、前の打ち合わせでウエストラインがズレている分と、後ろ裾が右下がりになっているのを水平になるまで背でつまんだ分で測る。その寸法を前後右肩で削り、ネックポイントではその半分か三分の二程度の量を削る。と、同時に勿論サイ・デプスも同量だけ深くする。前をきれいに落とす事と、横方向の分量不足解消は、前の打ち合わせを出す事で単純に解消できた。その他、細かい点はいくつかあるが、今回で言えば、ヒップや打ち合わせがやや不足気味なのも含め、例えばデザインとして着用者の意向である場合もあり、お客様との話し合い等に応じて最良の方向を取りたいと考える。そして、脊椎の湾曲による「肩下り」に対して、希に「肩上がり」というのがあるらしく、見極めは大変難しい。メジャーな体型である肩下がりは、片方の脇が短いという事だが、肩上がりは脇の長さは一緒で、肩の筋肉等が異常に発達している場合などに見られる。肩上がりは手の長さは同じだと考えそうだが、やはり袖にも左右差補正が出るという事である。