あの青い上っ張り

2013年8月14日

bil cunningham

 「ファッションに否定的な声もある。 ” 混乱を極め問題を抱えた社会で、ファッションがなんの役に立つ? 事態は深刻だ” と。だが要するに ファッションは鎧なんだ、日々を生き抜くための。手放せば文明を捨てたも同然だ。僕はそう思う」

 82歳(現在84歳)。青い上っ張り(パリのBHVオリジナルの作業着)。29台目の自転車。半世紀ニューヨークのストリートスナップを撮っているビル・カニンガムのドキュメンタリー『ビル・カニンガム&ニューヨーク』。カーネギーホール上の、トイレやシャワー共同の、ネガを管理するキャビネットで埋め尽くされた小さな部屋をついに追い出され、キッチン・バス・トイレ付きの(「そんなの要らないよ、街へ出て写真が撮れればいい」)セントラルパークサウスのアパートへ引っ越すまでの。
 ビルは、「コレクション」「ストリートファッション」「(慈善)パーティー」の3つに顔を出して写真を撮る。コレクションはラグジュアリーブランド等のランウェイでモデルが纏っているモード、ストリートは街の女性が自腹で装っているファッション(「無料で着飾った有名人に興味はありません」「撮るかどうかはファッション次第」)、パーティーは画面にロックフェラーが見切れるようないわゆるセレブな世界、これらどこに居るときでも、どんな人と接するときでもビルは一切変わらない。パーティーでは水の一杯にも手を出さない。シャッターを切るときも、見知らぬ人と話しているときも常に口角が上がっている。「金をもらわなければ口出しされない。すべてに通ずる鍵だ。金に触れるな、触れたら最後だ」このような生き方をみて周りの人々は、ビルは裕福な生まれなのでは?と推測するが(長年知己であっても、特に私生活は謎に包まれている)、そうではなく労働者階級だとの返答。これを50年。ビル・カニンガムだけに見えている事は、ファッションや美に関してだけではないだろう。ビル・カニンガムただ一人だけが、この50年間のニューヨークのストリートの歴史の証人であり、今後いかなる国や街で、いかに似た時代が存在したとしても、何人も同じ創造はできない。何よりも魅力を感じ興味を引くのは、自由であることや信念を守りきり、ニューヨークではほぼ不可能な「誠実に働く」事を実践し続けている「強さ」と、常に溢れる笑顔であるが、それらは生来のものであると同時に、若い頃、帽子デザイナーであった時の、富裕な出資者との出征を巡るトラブルなどを乗り越えて来た歴史に依るところも少なくはないだろう。食には興味が無く、コーヒーは安ければ安い程良い、どうせすぐ破れる雨合羽はガムテープだらけ、トレードマークの青い上っ張りはパリの清掃人作業着20ドル、「質素で飾らないものがいい、気取ったものは苦手だ。ドレスアップした女性は大好き。考えたら矛盾しているな。」と、パリのカフェで話すのを聞くにつけても、不思議に矛盾を感じないというか、人は矛盾に生きるものだと感じさせてくれる。が、それも嘘偽り無い生きざまの上での矛盾だからだろう。パリコレクション撮影で訪れるパリは、半年おきに学校に通っているような勉強の場だというが、そのフランスでシュヴァリエを飛び越えて表彰された、勲章オフィシエがあの青い上っ張りの左胸に輝くシーンは感動的である。その自身の為のお祝いの席でさえ、ゲストを撮影する彼は「美を追い求める者は、必ずや美を見出す」という言葉で受賞の挨拶を締めくくるが、鑑賞者の私からすると「だだし、人生をかけて」という注釈を付けたくなるような生き方だと感じた。このように、何ものにも揺るがない無敵で強靭な精神を持つように見えるビル・カニンガムに、「答えなくてもよい」という前提で向けられた「信仰」と「恋愛」についての質問には、この映画の中で見る事の無かった「間」と「笑顔でない瞬間」が訪れたが、それでもやはり誠実な答えが返ってくるのだった。決して嬉しくはない、広く、見晴らしよく、バス・トイレ付きの彼の新しい部屋の立派なキッチンは、ネガを保存するためのキャビネット置き場へと改装された。「こんなことに人生の邪魔はさせない」

睡眠学習

2012年8月4日

GODARD

 仕事後、新文芸座「ゴダール+ジガ・ヴェルトフ集団ナイト」。ゴダールが商業映画を離れた、政治の時代。『東風』『たのしい知識』『ウラジミールとローザ』『万事快調』。まさに睡眠学習。何もかも万全で臨もうとも、この四本の組み合わせで巨匠が繰り出す睡魔に勝てるオーディエンスは皆無。併せて自分の教養不足もあり。それでも2004年に観た「オランダの光」の眠さには到底かなわない。

エル・ブリ

2011年12月12日

elbulli1
elbulli2

大きな影響を受けたもののひとつ「エル・ブリ」の映画が公開になった。公開日はエスプーマの試食などイベントも付属するので大変混雑するだろうと考え、別の平日を選んだのだが、以前お仕事させていただいていたレストランのシェフともバッタリお会いして、嬉しかった。数年前に出版された書籍の中の文章や写真によって、おおかた想像できていたのと違わないシーンも少なくなかったが、勿論それ以上の驚きの連続でもあり、また、心地よく楽しめるばかりではなく、お客様にものを提供するにあたっての、この上ないプレッシャーを感じて、観賞しているこちら側までも息が詰まりそうな、具合が悪くなりそうな場面も続くが、その反動ゆえについ声を出して笑ってしまう場面もあり、寸分狂わぬ時計や機械の様に動いていた登場人物たちの人間味も垣間見られた。料理財団となった後は一体どういう驚きを魅せてくれるのか、また楽しみになる。特にものづくりをしている人にはおすすめしたいドキュメンタリー。

庭にお願い

2011年3月7日

Kurachi
an earl

池袋シネマロサ。1週間限定レイトショー。冨永昌敬監督。音楽家・倉地久美夫さんを追ったドキュメンタリー作品『庭にお願い』 。この日は併映・冨永昌敬監督作品『VICUNAS』ビクーニャ(2002)。土地勘なく、時間つぶし珈琲専門館 伯爵 。