Calf1003
ura-chidori
bijyo1003

 何かと感傷に過ぎる季節である。ひと雨ひと雨がいよいよ秋らしい。ファッションの、服づくりの愛は、深い悲しみを越えられるだろうか。答えは否である。それは時間だけが癒し、一部あるいは全てを忘れさせ、解決してくれるものだ。しかしながらファッションは、服は、その時間の一部であればつくり出せるかもしれない。通常の日曜日が都合悪く、水曜日に振り替えていただいた私塾通いの日。これまで3季+ハンドメイドパンツコース1季を受講してきたが、私的な都合もあり、一旦の最終日となった。他の方の予定もあって、たまたま自分一人の授業であったし、もしそうでなかったとしても、大変不躾ながら私には先生にぶつけたい事柄があった。最後にして、服づくりの技術の事ではなかった。この質問は、相手を選ぶ。答えられる人が限られているからだ。非常にプライベートな部分をえぐる内容になってしまうが、長い歳月をさまざまな時間と戦ってこられた先生にしか伺えない。人生において、本当に先生と呼べる御仁に一人でも巡り会えたら、この上ない幸福である。そして、それはただ唯一自分だけの判断のみによって巡り会えるすべもなく、程度の差に関係なく関わりあった全ての友から享受した良い事・悪い事・喜び・悲しみ・怒り等がない混ぜになり、導かれた結果の幸運だと考える。これまでの授業で、このような質問をされた事は皆無であろうと思われた先生はしかし、意外というべきか、あるいは予想に違わぬというべきか、何ら不自然な間もあけず、とても自然と、且つ真摯に答えて下さった。まさに、先生が先生たるゆえん、真の経験によるお言葉であった。どこかからのコピー&ペーストに毒された私に響く生の声は、服づくりだけではなく一事が万事、全てが繋がったその生き方から紡ぎ出された。その昔、先生が若かりし頃、6つ程度しか離れていない同輩から、しばしば人生の相談を受けてらっしゃった事を聞くにつけ、歳を重ねる事だけが重要とは考えられない。だから、もし今、先生が私より若かったと仮定しても、おそらくその若い先生に向けられたであろう私の質問の行き先は、決して的外れではなかった。もちろん、服をつくりに来た事を忘れてはいない。ウェストコート (ベスト)のまとめ作業をする。昔のやり方も取り入れた尾錠まわりの処理、袖ぐり・ハナの星入れ。これで一旦ここを離れるが、これまでの復習だけでも一生服づくりを楽しめるほどの濃度だ。時間の許す限り、研鑽を重ね、ナインテイラーズのうちの、せめてワンかツーかスリー分くらいにはなって、復帰できたらと秋の雨天に想う。近日中に先生からお客様への納品を待つ、幻の生地 ”マジック” で仕立てられたダブルのストライプジャケットのこれ以上無い出来ばえの一つの到達点は、悲しみの一部を癒す愛を持ち合わせていた。恐縮な事に、技術やフィーリングは学生時代から、身に余るほど褒めそやしていただいていた部分があった反面、10年来ずっと、女性像(男性像)や服づくりの目的の不在という致命傷を全く解消できずに佇んでいた。それが愛であったという事は、ここへきてやっと確信であると思える。それを形にできるか。鈍感な帆を張って、船体を引きずり回して進む。