Jikonka TOKYO(而今禾)での『竹松梅 / ハタナカユーコ展』へ。今年は ”静かな” 作品となりました。と案内状にあったが、その御言葉通り、削ぎ落とすことによって現れたその静けさの中に滲み出る様に宿る美しさと、作品と何とも調和の良い展示室のスケールとに高揚する。削り出した象牙から発露する規則的でありながらイレギュラーで、単純でありながら複雑な生き物の模様がこの上なく魅力的である。寡聞にして存じ上げていなかった名店 Jikonka の米田様ともお話させていただく機会を得、本店が歴史ある三重・関宿にあることならではの伊勢木綿の服や、日本が誇る綿織物の中心地・浜松の小さな機屋さんの素晴らしい素材等を拝見させていただき、それらからものづくりの背景と必然性、責任や使命を感じられ、お店や商品の美しさという存在全体に思想が満たされているという点において、而今禾と竹松梅との共通点を見出す。桜新町の駅は初めて降りたが、駅前の雰囲気にえも言われぬ良さを感じた。それはサザエさんのBGM効果ではなく、来たる東京オリンピックのための新国立競技場設計案が、その巨大さで議論を呼んでいる話と同様、道幅と建物の高さの関係によるのだと感じた。桜新町は桜並木の上の空が広いのである。新国立競技場はこのままのザハ・ハディド案でいくと、銀座の中央通りで制限されている高さ(60m)より4層分も高いものが、道路からの引きが一切無くそそり立つという事であるらしい。門外漢の自分は、専門家の職能と同じようにそれらの良し悪しを微細なレベルの肌感覚で判断できないのは当然ではあるが、気持ちの良いものではなくなる可能性は少なくはないとは想像せられる。巨大さは特に今回のコンペのプログラムに依るところであるとも聞いているし、建築というもの自体が、決定案から何の変更も無く進んでいくわけではないのが常識であるとの事だが、地球上で一体何名の建築家が応募出来るのかという程の厳しい今回の参加資格を持つ、世界有数の一流中の一流の叡智をもってしても、特筆すべき敷地の歴史をはじめとした、景観・普段の生活・安全面・災害時・オリンピック後のこと・維持費等々の、ものづくりの背景と必然性、社会的責任や使命から生み出される美しさという存在全体を思想が完璧に満たせるかどうかは、この上なく至難の業であると知る。七年後、オリンピックを誘致できた現在の東京において最も美しい景色のひとつである外苑前の銀杏並木の上の空、絵画館と立ち並ぶ景観はどうなるか。同じ事を服づくりでも果たせる様でなくてはいけない。

