仕事を始めた時からいろいろアドバイスをくれる友人は、ここ数年はラルフローレンが好きである。服好きが辿り着くブランドの1つである事に疑いの余地はない。彼が読んでみたい本があると言っていたのが『ラルフ・ローレン物語』であるが、学生時代古書で持っていたのに、ついに1ページも読まないままであった。お正月に探してみたが、どうも処分してしまったようなので、年明け、インターネットの恩恵により容易に入手し、贈る前までに読了した。ポロラインを代表として、自分がものごころついた頃には既に日本人の生活に浸透していたので、ほんのちょっと前に生まれたブランドであるという印象を持っていなかった。未来でなく過去の側へも想像力を働かさなくてはいけない。ネクタイの幅に始まり、「懐かしい未来」のイメージ・雰囲気・特別な気持ちを、勿論上等な質とともに打ち出し、偉大なワニを倒したポロニットシャツをはじめとした今日まで続く成功を築いてきた訳だが、こだわり故の納期遅れ大量返品(トラック単位。しかも頻繁)や、ビッグビジネスであるが故のパートナー・スタッフをめぐる問題、自身の健康など、大成功と同じだけ苦境が同時進行で重なり合って展開されていくところに、リアルな半生が垣間見える。<かつて経済学者のソースタイン・ヴェブレンは、「人は物を美しいと考えるときには、その値段が作用している」と喝破した。すなわち、「高価な製品にまつわる固有のステイタスの多くは、その価格に由来することが多い」というわけだ。ラルフは、ほとんどのタイが3ドルで売られていたころ、自分のタイに7ドル50セントという高値をつけた。(P362より)>というようにして、あるいは、<ほんの10ブロック先のブルックス・ブラザーズではドレス・シャツの新品が36ドルで買えたときに、一枚のアメリカンカジュアルシャツが47ドル50セントもした(12章)>というように、はじめから一貫(何より彼の特長である)して高価格で売り出していた(単に、それだけ素材にしろ仕立てにしろ上等でコストがかかる良いものであっただけかと考えるが)のは、本人の「製造業者は、現代のアメリカおよび世界の消費者が求めている品質を過小評価する傾向がある」「どうしても上に目がいかず、下を見てしまうのだが、僕はそれに与したことはなかった」という言葉からもブレない思想を感じられるが、私が知る中でパッと連想されたのが、(ニューヨークという共通点もあるが)現代美術家・杉本博司が、自身をアーティストたらしめるきっかけとなったジオラマシリーズをニューヨーク近代美術館へ売り込み、即買い取られた際のエピソードを「トップダウンでいく。一番いいところから攻めていって、ダメだったらひとつひとつ降りていく。普通みんなは一番来やすい一番下に見せて、それから上がっていこうと思うんだけど、僕の場合逆で、上から降りていくことにしたの」と語った言葉であった。

