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 東京でも大寒の名に恥じない寒さが押し寄せた日曜テーラリングの授業は、最終の袖付け工程。前身頃の製図時フォールスマーク(独)を仮の合印として、袖の縫い目線との関係から、最終的な合印を新たに設ける。白も二本取りで袖をぐし縫いし、いせ分量を引っぱり、鉄台の上を利用してイセを手加減で配分したら、アイロンで殺す。新しい合印を起点として、袖と身頃を合わせていき、最後の中仮として羽織ってみる。すると、ほぼ良好であったが、2点修正する。(1)左右の肩甲骨の間のくぼみ部分右側だけのみに「ツキ」が出ていたので、ピンでつまんでもらい、その分量より気持ち少なめの量を右衿みつで調整する。これですっかりきれいになる。(2)右肩下がりの分、左右の袖丈に差が出る。既に本切羽で縫い上げた袖口側ではなく、左袖山全体を3ミリ程削る事とする。先生より「売れるよ」とのお言葉をいただけ、これ以上ない励みとなる。ハンドメイドとはよく耳にするものの、手で縫うことの本当の意義を分かってはいなかった事がはっきりした。以前までは、手で縫うという事は、正確性の優遇や構造上・デザイン的工程上の都合というような意味でしか理解していなかったように思う。勿論それでも付加できる価値は大いにあるのだが、本当のハンドメイドには、絶対にそれでしか出し得ない効果と意義があるだけのものがある。例えば、世界の技術やメジャーな工業製品などを支えている日本の町工場における作業内容をとっても、機械というのは誤差を極限までに少なくする事においては肩を並べるものはないが、それを全くの「 ±0 」にできるのは唯一、人の手・職人の技と勘だけだとの事である。お客様への納品を待つ、先生の「可能な限り手作業の入ったプレタ(既製服)レーベル」のノーフォーク・ジャケットを拝見したが、フルオーダーでなくして、価格とのバランスも含め、ここまで良い服は他にはなかなか無いと言える、まさに白眉である。そこまでの難しさ険しさが下手に分かるだけに、この寒さにして冷や汗ものである。しかしながら、このハンドメイドのテクニックを活かした女性のためのアイテムも考えているところで、できれば良いものになると考える。