化け物と熱と時間

2011年7月24日

jacket

私塾通いの日曜日。突然訪れた快適な気候の数日を経て、不都合な事に暑気再び、くず桜恋しい摂氏30℃超の世界が取り返される。『芯据え』と『くせとり』を教わる。芯据えはこの一本だという要の線を押さえる。水分と熱と圧力によって、伸ばしたり縮めたりして布地の力をあちこちに配分して立体を形作るのが『くせとり』であるが、先生のくせとりは、形の美しさを引き出すという伝統的な効果だけでなく、試行錯誤の末、その上に運動機能をも備える様に考え出された。芯を据える前の最初のくせとり段階から既にデザインが始まっている。どこに孕みを持たせるか、どこをしゃくるか、どのダーツをどう活かすのか、ポケット袋布との兼ね合いなど。つまり、同じ型紙を置いて同じ素材で裁ったとしても、唯一無二のもの・それぞれ異なる立体感を持った服が上がるという事である。パリの有名老舗カフェでメゾンギャルソンを勤める方が、およそ年間1足のペースで新調しながら同型・同サイズ3足を長年ローテーションで回しているという仕事用のキャップ・トゥーも職人仕事の逸品だが、ご贔屓ブランドの永久保存定番にも関わらず1足1足の微妙なフィット感が違うというのと同じ話である。ここにハンドメイドのおもしろさ且つその質の高さがあるし、その人にしか出来ないという確固たる所以も存在する。アイロンの当て方について、先生がアイロンを使わず素手によって道程を示して下さったのだが、(水分も高温も圧力も不足する)素手で撫でているだけで立体がはっきり出る様を見たときには、凄過ぎて笑ってしまう程で、コテの効いた仕事が出来る手つきの凄まじさを目の当たりにした。半可通ながらも、布地の力を自在に配分していくには、このような手さばきが無くてはならないというのは疑う余地もない。学生時代からタテ地の目を見る鍛錬はしてきているつもりだが、ヨコ地の目については近眼と言える。ヨコを重視するという考え方も、目から鱗の一つであった。パンツのくせとりでも同様であったが、動きに適う様に前へ前へと追っていく、線を習っていく。そしてスピードの話。機械の性能が上がれば上がる程、昔の良いものを越えられるかどうかは疑わしいという事だ。