梅雨明け

2012年7月18日

chara

暑中お見舞い申し上げます。日が沈んでもなお、うだるような暑さの中、チャラさんが呼び込みを頑張っていたので、チャーシューメンをお願いしました。新しいアトリエ兼ショップは、秋冬物からスタートと考えております。

VACANT TALK

 仕事後、原宿VACANTにて開催されたトークショーを拝聴する。リトルモアから出版された自叙伝的小説『影の部分』の著者であり、ゴダールの『息切れ(À bout de souffle)』を、未完の20分ラッシュをのみ観た段階で誰よりも早く買い付け(後にカットされた部分に、大変美しくお気に入りのシーンがあったそうだが、「どう切るか」も才能で、その点ゴダールはやはり凄いのだそう)、それに『勝手にしやがれ』という邦題を付けヒットさせ、フェリー二は好き過ぎて買い付けられなかったという秦早穂子さんと、ゴダールに造詣が深く、特にゴダールとその映画音楽と女性との関係について独自の解釈を上梓されており(ユングのサウンドトラック)、『勝手にしやがれ』は500回、いや800回は観ているというジャズミュージシャン菊地成孔さんとの対談。私も学生の頃に購入した「スクリーン・モードと女優たち」の著者が秦さんだという事を「今回初めて知った。」と、菊地さんが中学生の時購入されたというその本を出しながら冒頭お話しされた時、私は初めて知った。「スクリーン・モードと女優たち」巻末のプロフィールには、上述ような経歴の記述が皆無だからである。菊地さんが分析されたように「勝手にしやがれ」という言葉は、当時は相当過激な響きであったはずであるが、現在となっては映画のタイトルであるという事を越えて、何次にも使用され何の違和感も無い慣用的な言葉となっているほど、凄いものであるが、27歳でそれを付けた当人にすれば、理詰めではなく感覚的なものとしか言えないという事であった。2〜3日前にたまたま見つかったという『女は女である』撮影中のベタ焼きには、会場全体が興奮していた。奥でゴダールやクタールが見切れているカフェの席で、カリーナ、秦さん、 ベルモンド、ブリアリの四人が待ち時間で談笑しているものである。『ミッドナイト・イン・パリ』を観たばかりというのも相まって、一段階タイムスリップしたかのような感覚を味わう。『女は女である』は、当時の日本では、内容的に難しく、秦さんがゴダールを訪ねた際に、興行的にはうまくいかなかった旨を伝えると、「日本人に分かってたまるか」というような事を言われたらしい(笑)。秦さんも含め、会場も時代も女性が強いご時世であり、菊地さん曰く、日本においてその部分を韓流のマッチョ男子が補完していた昨今だが、その韓国では徐々に渋谷系が来ているらしく、ますます下を向く男性陣に、秦さんが「男が強くないと、女はただ図々しくなるだけ」と仰られた。『影の部分』は私はまだ未読なのだが、日本も含め映画界の神々が登場するというだけではなく、これからの時代に考えなくてはいけない事が沢山詰まっている書籍だという菊地さんの解説で幕を閉じた。

ベスト前身仕上げ

2012年7月15日

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 七月の第一回私塾。ベストの前裏裁ち合わせと、前身仕上げ工程。型紙通りダーツを取って、袖ぐりをミシンで返す方法ではなく、裏地を粗裁ちしてから、表身頃と裏地の声を聞きながら具合を見て、真ん中に縦一本のプリーツを取り、袖ぐりは手作業でかがっていく方法をとった。ボタンホールの大きさを考え、前端見返し幅を決定し、大きなまんじゅうの上で、裏地を前端側から合わせて据え、袖ぐり・脇・中央のプリーツの順で躾けをかけていく。袖ぐり、前、裾、スリットを手でまつっていき、最後にプリーツの要所をとめ付ける。今仕立てているのは秋冬物だが、モヘヤ製・夏用仕立ての参考品を見せていただく。その他、年齢によるベーシックな体型の変化や、尾錠の設定位置、スラックスのウエストいせ分についてなどのお話をうかがう。

LED化

2012年7月7日

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 アトリエショップの照明をデフォルトの白熱球仕様から、LEDライトへと変更した。しかし、デザイン・雰囲気としては裸電球には及ばないので、相当に迷った。ミシンのライトは、口金26Eの太さのまま電球本体となっているスリムタイプで、LEDではそのようなものは見つからず、蛍光灯でもそのサイズに収まる華奢な物は無かったので、26EをE17に変更するパーツを付けて、E17の小さいLED電球を付ける事にし、無事収まった。ミシン作業用もデーライトではなく、あえて電球色ではあるが、元の電球よりも格段に明るく、作業もはかどりそうである。

karin
yoruka

資料カードとして。

ネオ・ルネサンス

2012年7月1日

matsuya

 自宅引越し挨拶の菓子折りをもとめに浅草へ行ったら、松屋の外観が変わっていた(中もだろうか?)。街並が一気に変わったのが視界に入った瞬間すぐ感じられた。

fittingroom

 何度か打ち合わせさせていただいた建築士さんと大工さんにいらしていただき、フィッティングルームのレールやその他フック等を付けていただく。カーテンは自分の仕事で、その分量からいっても、空間の印象に多大な影響を持つので、いい調子で上げたいと考える。作業中、大工さんが仲間内で「レーザー」と呼んでいらっしゃるという、文字通りレーザー光線が出る機械が置かれ、施工範囲内の正確な位置が取られる。要するに、おかしな言い方になるが「レーザーで墨を打つ」ためのものである。墨を打つとは、簡単にいうと印をつける事であるが、昔は墨汁を墨壺から出していたという事などに由来し、現代では代わりの道具がいくつも存在し活躍しているのだろうが、「墨を打つ」と例え今初めて耳にしたとしても、何だか意味的にしっくり感じられ、または何となく内容を想像できるというのは、何とも面白いと感じた。

くせ

2012年6月24日

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六月最後の私塾。ベストを進めていて、ジャケットの場合と同じように勢いよく鋏を入れてから、「あっ!」と思った事があったのだが、先生の助言を元にフレキシブルに直していく。先生に教わり始めてから得た最大の事項の一つが、融通・臨機応変、その場その場に相応しく対応していく・良い意味で(まさに)適当に。という事に意識を傾けられるようになってきた事である。勿論、今回の場合は、軽傷とさえも呼べない程の、ちょっとした事であったと言えなくもなく、はっきりとは当てはまらない事例であるが、勉強しすぎると怖いのは、頭が固くなる事である。特に書物や資料によってガチガチになっては、本来本末転倒と言えるだろう。勉強すればするほど柔らかくなくては、問題に対処できないので、困るのである。何かに捕われ過ぎれば、新しい何か、もっと合理的な何か、より快適な何かを発見する事は不可能になる。