見返し据え

2011年11月27日

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私塾の日。見返し端の縫い代は身頃に比べて1ミリ程多く差をつけて切る(返り止まりより上のラペル部分)。しつけは、ずれないように二重にする。ミシンで縫ったら、身頃側だけ襟付け止まりに切り込みを入れ、表に返った時の控える側を考慮して、縫い代の割り加減にもやや差をつけてアイロンをかけ、糸で手かがりをした後、ひっくり返す。返り止まりより下は、身頃が上に乗るように。上のラペル部分は、見返しが上に乗る様に、充分にプレスする。「白も」でハナを押さえ、返り線もしつけで止める。その後、白も二本取りで、内ポケットの袋布を芯地にとめ付ける。この日はその他、(特に日本人の)肩についてのお話、胃腸系と呼吸系に効く体操2種のお話、絵を描く事の重要性のお話などを拝聴する。学生のはじめの頃は、実際の仕立てよりも、絵を描く方が圧倒的に好きであったが、途中から絵を描く事がデザイナーではないと強く思い始めた事も手伝って、最近めっきり描かなくなっていた。自分では、頭に描けているつもりなので、時間の節約と得意になっていた節があるかもしれないが、確かに、描かなくなっていた事で、見えなくなっていたものが多いし、想像の範囲を限定したくないという想いで、描かない様にしていたはずが、むしろ逆のマンネリズムを招いていたかもしれないと痛感し、また描こうと考えている。意外にも、先生の他に以前より「絵を描け」と口酸っぱく唱えていた人物が一人。ど素人である母親であった。経験を積む事で、見えなく(見たくなく)なっている事、聴こえなく(聴きたくなく)なっている事が増えているようだ。先生に見習い身につけたきは、技術以上にこういった点や、自分の頭で考える・試す。という姿勢なのである。

変わらないもの

2011年11月13日

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いよいよ寒くなり始め、朝夕などは張りつめた冬の気配を感じ、感覚が研ぎすまされ、装いの楽しみや美味しい食べ物、寒さに耐えること・暖をとって暮らす事などにまつわる、暑い季節とはまた違った興奮が到来したかと思えば、11月未だ残暑かと思わせてみたりと、師走に向かって気候も忙しく、毎年のことかもしれないが、非常に丁寧に計画的に生活されている方々からすれば、衣や暖房等の準備も万端なのだが。というところでしょうが、無意識の中で困り果てたいのかという程、様々な事にズレてしまっている自分としては、備えをしっかり構えて生きられている人々をこの上なく尊敬しております。日本晴れ日曜日、私塾通い。作業を開始する前に、先生も関係された書籍を拝読しての質問をする。袖口の仕立て、スティフカラーの糊、塹壕用故のトレンチコートのディテール、モーニングの尾のボタンについてと仕立て、テイラーメイド、カスタムテーラー、フラワーホールと菊穴など。服づくりのテクニックは言うに及ばず、それとは別に(いや、二つは密接に関係するかもしれない)やはり人としての振る舞いや作法・礼儀等、個人的にも乱れに乱れている部分で大変勉強になり、背筋が伸びる。作業の進度としては、ややスローになっているが、独学で進めるならわざわざ先生に教えを乞う意味も無い訳で、且つはじめの一着という事もあり、各工程ごとに非常に細かくうかがい、教えていただく。見返しと裏地を裁つ。

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1着分だけ手元にあった生地でシャツを作成。シャツ地としては中肉で綾織りで風合い柔らかく、ウールライクな手触りも感じられるコットン100%のチェック。糸の色彩も、カントリーとも都会的とも言えるノーブルなカジュアル性を帯びている。襟はステッチを入れずに返してプレスのみ、袖ぐりは広幅の縫い代でハンドステッチ、余分なディテールは一切入れず、シャツらしいなかなか良い出来であると自負する。

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火曜日、友人の展示会を中心に、外を見て回る日に当てた。清澄のタカ・イシイギャラリーでのCerith Wyn Evansの『 About A House 』展を経て、恵比寿 TAKIZAWA NARUMI BOUTIQUE へ。2012年春夏物の展示会。規模は小さくとも、皆、復興への想いを馳せて服づくりをしているだろうと思う。どのような分野においても、この上なく素晴らしいものを見せてもらうと、「よくぞここまで」と感動するものであるが、ましてそれが知り合いの業であれば、その度合いが何倍増しにもなるかもしれない。何気ない日常から芸術に至るまで、美しいものに触れる事は、もう楽しくて仕方ない。人生の必要事項である。白いクロスのかかった背が高く小ぶりの円型テーブル上に綺麗な色の果物が配され、その脇にロイヤルコペンハーゲンの藍色・コーヒーの色・光と陰影をあわせてご馳走になる。久々にナディッフにも寄った後、otoaa(オトアー/最初の「a」の上にウムラウト「¨」が付く)の展示会へ。先週拝見した「CHRONO BRIQUES(クロノブリック)」「bethourire(ベスリール)」「TAGE(タージュ)」と、「TAKIZAWA NARUMI」も含め全て女性の服であり、いずれもまだ有名ではないが、自身を持っておすすめする。勿論 hPark(エイチ・パーク)も。

ラノリン

2011年10月23日

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霜月も目前、霜降の頃にしてやや汗ばむ日曜日の私塾通い。もう少し進めて望む予定であったが、「芯据えはこの1本!」という最重要の箇所を、一度チェックしていただいてから、作業を進めた。縫い目1本、テープ1本にも大切な意味と大変な効果があり、ひとつひとつ良い服に繋がる手応えを積み上げていく。裏地の取り方、縫い代の取り方なども含めると、同じアウトラインの型紙であっても、全く違うものが出来上がるのだから、際限なく奥が深く、面白くて仕方が無い。途中、ウール生地についての話になり、トップダイ、ヤーンダイ、ウールダイ等の染色やエイジング、そして仕上げの話題から「ラノリン」という言葉が登場した。特に女性なら美容用品として耳にした事があるかもしれない羊毛脂の事である。例えば、コムデギャルソンがパリに出て行った最初の頃発表した事のある(うろ覚えで、自身は無いが。)全く脱脂していないセーターがあったが、一般にはウールは服地としての製品に仕上げられていく過程で、必要あって脂抜き工程を経るのであるが、最終的に羊毛本来の性質や良さを帯びるようにラノリンを付加するそうである。やはり、元々自然と必要なものであるから含まれている訳で、全く抜いてしまうと上手くないのであろう。染色に話を移すと、現在はどうかわからないが、昔のハリスツードはウールダイだったそうである。通常はトップダイである。より上等なのがヤーンダイで、さらに上がウールダイという事だ。なぜ良いか?ウールというのは、そこから「カード→ヤーン→トップ」と進んで布地になっていくのだが、最初に染める事により、カード以降の工程で不要物が搾り取られていくことになり、素晴らしい風合いを醸し出すという事になるのだそうである。このような染めの段階や、エイジング(葡萄のように当たり年など)の年代を好き好きに選びミックスして生地から作るような文化が主流であったら、どんに豊かであろうと妄想するのであった。前日の10月22日22時22分からは、アンダーカバーの最新コレクションを配信で観賞した。どなたか著名人のブログにもあったが、内容も素晴らしかったのにも関わらず、パリで発表しなかっただけで、これまで必ず掲載されていた某コレクションサイトに取り上げられないという事であったらしい。門外漢の推論だとしても、アンダーカバー社側がわざわざそう意図する(掲載を遠慮する)とも思えなく、これもモード世界のいち性格なのだと今日のところは考えた。

秋思雲髻を抛ち

2011年10月9日

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早朝十月の光も冷まじく、巷では三連休の中日にあたる日曜午後より私塾通い。本縫いにおけるアイロンワークを中心に作業を進める。いせによる孕みは、誰にでも比較的分かりやすい概念であるが、伸ばすことによって立体を作るというのは、より高度かつ着心地の面でも合理的な考え方である。1日の終わりに、とても疲れを感じるという事の大きな要因のひとつは、服の悪さだと思っている。カットの良くない服は、たとえ軽かろうが、めちゃくちゃに疲れる。一方、ずっしり重くても、良い服は疲れにくいと考える。現在、先生がお客様から預かっておられる服が掛かっていたのだが、下手をすると50年くらい前に仕立てたものだという事で、非常に驚いた。最近新しく仕立てたものだと思ったからだ。大変綺麗に着られるお客様だという事とはいえ、本当に状態が、そしてものが良い。真にからだに合っているということも、劣化しにくい一要因であろう。元々の持ち主の方ではない、別の御方が着られるために、なかなかに大きなお直しをしている途中のものであった。先生のお店は、年明けで2代・100周年を迎えられる。本当に良いものだけを100年作り続ける、尊敬という言葉では全く十分に表せない、とてつもない事である。「世の中のゴミはデザイナーが作っている。/完全に遊んでますよね。」という著名な方の言葉がずっしりくる。

右と左

2011年10月4日

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洗い張りをした帯で、祖母のタイトスカートを作らせていただいた。試してみたかったカット(裁断法)で仕立てて、素材の助けが有ったとはいえ、大変良い感じの上がりだとの自負あり。しかしながら、初歩的アイテムと考えられるタイトスカートは、例えば歩行(運動量)のための、ごくわずかなスリットの入れ方ひとつ取ってみても、何年経ってもとても難しいと感じる。個人的には、さまざまな理由から、和服地を使うことには気が乗らないが、今回の織りに限っては、思いのほか成功だと言える。カッティングの都合で、前後中心にも接ぎ目が入る構造であったが、ちょうど和服地は幅狭なので、無駄や葛藤・抑圧がなく、右脳と左脳が珍しく仲良く遊んだ。

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私塾通い。仮縫いの袖付け。ぐし糸の入れ方、いせの配分とその注意点、縫う際の手つきと持ち方、合印について、肩パッドのくせとり。先生のおっしゃるところに依れば、昔は左右それぞれの袖を担当する職人が居たというほど、袖を左右全く同じに付けるというのは大変難しい。これは、初めて袖を付けた1998年以来感じ続けている事で、主に縫い方向の反転・織組織・地の目や手くせ等に起因する。そして、違うからこそまた良いのだという事も大いに言える。逆回りでもほとんどズレが無いのは、山手線ぐらいのものだろう。起点となる前腋点辺りの合印は、外国の技術書によると「フォールスマーク」と言うのだそうだが、正直に訳すと「嘘のマーク」、さらにドイツ語に詳しい人によればすなわち「仮のマーク」という事なのだそうで、真の合印を設定する為の目安の点となる。身頃と袖を中表で合わせて持ち構える際の、先人の金言「ハナから1インチで縫え。」を教えていただいた。つまり、タチキリ端から約2.5センチ奥側の、袖と身頃の合わさり具合に目をつけるという事である。不思議な事にと言おうか、必然的にと言おうか、その部分は見事に合うようになっており、それとともに袖も適度に「いさって」くれるという、素晴らしい技である。勿論、絶対にいせを入れたくない部分もあるので、そのへんは手加減である。フィッティングでは、軽く羽織ったら前肩に手を入れて、前肩の仕上げを施す。自分の、特に肩回りの体型は、非常にくせがあると思っていたので、どれほどの不具合が出るかなと思いきや、プルダウン効果の賜物以外の何物でもなく、思っていたよりはるかに、というかほとんど問題が無いと言って差し支えないくらいの上がりであった。勿論、細かい補正は数多く有るが、もっとひどい事になるかなと考えていたので、人の体と動きに適った理論にこの上なく感動する。概要としては、大方良かった。袖の落ちも、「強いて言えばきれいに落ち過ぎているくらいかな」というお言葉をいただく。本縫いではプルダウンをもっときっちり効かせれば、服がもっと前に回り込んで来て、現状ちょっと広いかなと見える肩幅なども含め、着心地は上がり、見た目にはシャープになると思われる。袖を付けていて、素材に対して袖のいせ分量が多かったが、生地色が明るめとはいえ、結果としても上腕付近がやや太いと思われたので、修正すれば自ずと袖も細くなる。後ろの衿がもう少し上ってほしいので、衿ミツに「ツキどめ」を抱かせて、落ちない様にする。ボタンの位置を下げ、上下のバランスをすっきりさせ、返り線も少々変更する。採寸・製図の精度がさらに高ければ、もっと上質である事は確かだが、その不足を補って余り有る技法である事が体験された。型紙修正へ。