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 ヨーロッパ拠点の10ギャラリーと、東京を中心に活動する9ギャラリーによるアートイベント「VILLA TOKYO」。京橋2丁目界隈(明治屋の裏辺りのエリア)で6つほどの会場において、現代美術の展示・上映・パフォーマンスやトークが催され、商業的要素に重きを置かず、サイトスペシフィック性や実験性を追求し、現代美術の可能性を探る試み。 IZU PHOTO MUSEUMでの「無題」展等、何度か見逃している木村友紀氏の作品を目当てに回る。急いでいたが、幸いにして、会場がコンパクトに密集していたため、昼休みを使い全会場を回る。様々な美術家の美の感覚に、あらためて敬服するとともに、つくることの難しさを感じるも、言い方もあるが、最近考え続けている、「あらゆる事に対する秘訣」についても一歩考えを進められたかもしれない。

光についての二件

2011年11月16日

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 締め切りが迫る考察事項があるので、取り急ぎ歩いて清澄へ。何かをまとめなくてはいけないときに、新たな刺戟的インプットは毒とも言えなくもないが、逆の事もあるだろうと思い込んで。タカ・イシイギャラリー東京の「前田征紀 “ECHOES”」を見学したその足で、目と鼻の先の清澄庭園のライトアップへ。体調管理のためマスクをしていたのだが、後で調べてみると、やはり香りの演出もあったようだ。大江戸物流の大動脈・隅田川にかかる橋の中では、思考を巡らしながら今回渡って行った清洲橋がおそらく一番好きだ。以前、町内会の催しで、柳橋小松屋さんの赤い屋形船に乗せていただき、隅田川の橋を見学した事があったが、船宿のたもとにアナトミカという有名なフランスのメンズ(たぶん)ブランドが出店した。この数年というもの、非常に盛り上がっている事も含め、自分は少なからず詳しいエリアであり、それゆえにアパレルの小売り店は難しい部分もあると肌感覚や地域特性(問屋街である)によって、ひしひしと感じているだけに、嬉しい事である。現在、プレオープン中らしい。

「花と水」の復興

2011年11月3日

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 3月17日に開催予定であった、そして二度と再演されないかもしれないと思われた特別講演「花と水」が復興した。「自由と平和を愛し、文化をすすめる」とされている国民の祝日に、これ以上無いイベントであったと思う。ジャズミュージシャン菊地成孔氏とピアニスト南博氏が共作で2009年に発表された同名のアルバム作品と、フラワーアーティスト東信氏による空間演出とのコラボレーションである。何だかんだ言っても結局いつも所在なく過ごしがちな、ライブ前のこういった開場から開演までの30分間も、東氏による空間にうっとりしているうちにあっという間に過ぎ去る。菊地氏と南氏によるMC抜きのノンストップ「花と水」。曲の移り変わりとともに、照明の具合によって花の色・表情も変わっていく(例えば、『作曲された花と水』演奏中では、イエロー掛かったデーライトに近い照明が当たり、個人的に思うところの、より東信さん作品らしい色彩を花々が帯び始めるように感じる。といった具合で)。「ノンストップゆえ眠たくなる事もあるかもしれない」という登場の挨拶で菊地氏曰く「心地良い音楽で眠りに落ちる経験というのは貴重なものなので、ご遠慮なさらず」というような主旨のお言葉があったが、その演奏・花空間・漂う香り(事前の菊地氏の日記において、当日は是非香水等を控えて香りも含めて楽しんでほしいという旨のものがあった。)の全てから溢れる美しさと官能性によって、眠りに落ちるのとはむしろ真逆の脳内物質が分泌されたように感じ、空間を刮目し続けたのは、私だけではなかったであろう。アンコール後の締めのお言葉が「これからおやすみになる方もそしてお目覚めの方も」という、かの「めざにゅ〜フォーマット」であり、かっこいいやら面白いやら、実に前フリに呼応した洒落た二回公演中のファーストセットの終幕であった。開演前の空間は撮影許可が出ていたので、数枚撮ってはみたのだが、会場の暗さもあり、記憶の中を除いては全く以てその美しさを再現できないので、泣く泣くこの一枚のみを掲載とし、おそらくは椎木俊介氏または東氏ご本人撮影により公開されるのではと期待される「AMKK(東信、花樹研究所)」公式ホームページ内の画像等において、その本来の美しさの一端を参照いただきたく考える。

VALERIO

竹橋は東京国立近代美術館ギャラリー4にて始まった「ヴァレリオ・オルジャティ展」へ。ヴァレリオ氏が「空間・構造・光といった特徴を伝えるために」最適と考えている「1:33」の縮尺で作られた白い模型と、作品の本質に影響を与えたとされ、絞り込むのに1年を要した「図像」の一部を展示している。コンパクトな展示だが、中身は濃く、自分も含め、響く人にはこの上なく響くものと思われる。

悲しいにちかい

2011年10月21日

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先日通りがけに、まずはそのタイトルに引きつけられ、気になっていた近隣のギャラリーでの個展に行って来た。小伝馬町ソーンツリーギャラリーにて開催中・川口育さんの『悲しいにちかい』である。素晴らしい60点ほどの作品群が、時間さえ許せば、いつまでも観賞していたい様な(言葉遣いが正しいか分からないが)この上なく芳醇な中毒性を漂わせている。寡聞にして絵について明るくないので、仮に服づくりで例えるならば、ドレーピング・パターンメイク・素材選びの妙やフィニッシィングにおける「調子の良さ」の、絵におけるそれを感じずにはいられない。29日まで。

台風一過/南青山

2011年9月22日

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昨夜は、それが余震よるものか暴風によるものか判別できないほどに猛烈な風雨だった。明けて今朝からは爽やかな天候であったが、午後時折また強い雨が降り注ぐ。南青山DEE’S HALLの澄敬一展『monophony』。澄さんの作品だけでも、すぐに帰って、ものづくりをしたくなる様な高揚感であったが、些少なりとも交通費をかけて来ているという想いで、事前のリストアップを眺むるも、持続的ではなかったにしろ、シャツの裾が透ける程の天候や疲労も影響して、残念ながらも全てをチェックするには至らなかったが、しばらく行かないうちに、周辺には新しいお店が増えている。

シンセシス

2011年7月26日

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昨年「 SCAI THE BATHHOUSE 」で、<BEADS>のシリーズを拝見して、とても印象に残っていた名和晃平さんの個展『 SYNTHESIS 』が東京都現代美術館で開催されている。1周目はキャプション無しで、2周目から解説を見ながら観賞する。全ての作品が、ここ2~3年以内に作られているというその劇的な製作スピードに驚くとともに、「SANDWICH」という環境がそれを助けたという事も想像に難くない。いきなりベスト盤を聴かされたかのような充実度を感じたが、鑑賞者側には想像もつかないまだ見ぬ高みが今後用意されているのだろう事を予感させる。五感を麻酔的に刺激された今展において、タイミングもあるかとは思うが個人的には、現代美術を通して初めて”生命 ”と”宗教美術 ”みたいな感覚を感じた。新しい彫刻家躍動。

マニピュレーション

2011年6月26日

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上着研究の私塾通い日。個人的には、どんどん未知の領域に入ってきている。学ぶこと、練習することは、枚挙にいとまがなく、手に余ると言えなくもないほど。とはいえ、自分の能力に不足があることが自明である状態というのは、たまらない(とても良いという意味)。少なくとも自分にとって、できると勘違いして緊張感が無くなる状態というのは毒である。服づくりが本当に好きな人たちばかりが集まるので、実に楽しい。先生の、瞬時の判断による問題解決への幾通りものアクセスは、目指すべきところ。到達したい境地。授業終了後は、青山の「 Center for COSMIC WONDER 」へ寄り、ここでも私塾とはまた違ったアウラをあまた浴びて、新たな週に備える。