物黒無

2013年11月5日

mono kuro mu

 大阪の正木美術館45周年記念・秋季特別展『物黒無』の館外レクチャー@外苑キャンパス(東京藝術学舎)。正木美術館と現代美術家・杉本博司氏との墨の名品をテーマとした競演と対決。モデレータは「フクヘン」でお馴染みの鈴木芳雄氏 。レクチャーの初めは、グッゲンハイム美術館にて、杉本氏の『放電場』を染め抜いた雷(いかずち)紋の能衣装を纏った野村万斎氏が舞う、日本芸能の中でも最も古い形式である古典且つ野村氏の原点でもある『三番叟』の映像。お正月などに舞われ、古代神話から連綿と途切れずに続いている古来よりの「気配」。
 この展覧会は正木美術館所蔵の国宝や重文、杉本氏の美術作品や個人蔵・小田原文化財団蔵の深遠なるモノクロームの世界が展開される。会期後半は、一部展示替えもあるそうだが、例えば杉本ジオラマシリーズから、諧調表現のために現像液から写真技術の隅々まで一流の「もくろみ」や「たくらみ」が尽くされる事で、見事に叭々鳥図や中世水墨画を感じさせる『カリフォルニア・コンドル(1994)』を、国宝・大燈国師墨蹟2つで挟み”コンドル三幅対”と名付けたものや、似た括りのコレクションでの正木所蔵品と杉本コレクションの対決の数々は、その楽しさとともに、正木美術館の古く貴重なものが、杉本表装(今回は江戸時代の武士の雨合羽のきれや、昔の人がアルファベットを見よう見まねで模様にしたようなもの)とも相まって、結果としてこの上なく素晴らしく美しい並びとなっている。正木美術館高橋範子館長が突然の無茶振りにも何なく答えるバスガイド風口調で案内される雪村筆の『瀟湘八景図巻(室町時代) 正木美術館蔵〜全長6m〜』のスクロール画像に舌を巻く。梵字で描かれた文殊図の獅子からはよだれも。最後には再び映像『加速する仏(Accelerated Buddha)』。杉本氏の48枚組『千体仏(1995)』を繰り返し映し、そのインターヴァルを極限まで狭めていく映像で、最終的に千体仏は大行進のように震え、さらに溶けていき、視覚と意識が消滅に向かって加速し、あたかも最期の時や悟りを想起させるような作品である。この日拝見した映像よりは遥かに良い画質で、現在パリのピエール・ベルジェ – イヴ・サンローラン財団にて個展開催中で、その後韓国にてさらに高価で高画質なプロジェクターが用意され三面にて発表されるとのこと。
 オフィシエ受賞間もない杉本博司氏、来年はパリ・パレ・ド・トーキョーにて『今日、世界が死んだ。』展を開催の予定との事。これは『海景』をはじめとする氏の代表作とは反対に「終わり」の記憶なのだろうか。コレクションから巨大な隕石を展示予定であるそうだが、向こうはその辺の理解が凄く、建物には天井から地下まで隕石が突き破ったような穴を開けてもO.K.なのだそうだ。他に70万円のラブドールも持ち出し、世界の終焉を見せる。このあたりのネタバレはまだまだ序の口の範疇なのだろうと、観には行けないまでも期待する。聴衆からの質問に対し、17世紀ニュートンのLIGHTやゲーテの色彩論を絡めながら「銀塩写真のモノクロームに全ての色が表現されている。物の向こうにある不思議さはモノクロームでしか表現できない」は信念で、「夢もモノクローム」と仰ったのは、個人的にはリップサービスと取った。「したかった事が全て叶ったので隠遁に憧れている」というのは、半分くらいは本心なのかなと感じた。杉本氏・高橋氏・鈴木氏のトークに、あたかも九九しか知らない状態で、難解な微分積分に臨まされた感じではあったが、その至らなさがむしろ楽しく心地良く前向きになるような、原初的な大きな精神を取り戻すひとつのきっかけとなる有意義なレクチャーであった。