Handmade slacks by hPark
Brown wool nylon stretch Flannel slacks & Charcoal gray wool Saxony slacks.
2012年12月14日
2012年11月15日
もう長いこと、前を通る度に気になっていたクリーニング店にシャツを二枚お願いした。期待通りの素晴らしい腕前だった。立ち姿とお話しの仕方が凛とされている。大量に預かられた服はきれいに整頓され、同じく沢山のクリーニング済みの服は、密着せず一着一着計ったような、たっぷりの余白をあけて掛けられおり、コートやジャケットなどの重衣料はショップのディスプレイのごとく壁に平行に掛けられていたりする。最初持ち込みの際、入って行くとまず「うちは手でかけるので、少し割高ですよ。」と説明して下さる。それから瞬時に、持ち込んだシャツが元から糊無しの製品という事を分かっていて「糊は無しで?」と聞いて下さったので、あえて糊は付けてもらう事にする。伝票も何もなし。初対面で名字しか聞かれない。中2日で受け取りに行くと、こちらがドアを開けかけたら、もう棚の私のシャツに手をかけていらっしゃる。とうてい私には実現出来ないホスピタリティである。仕事場と家との中間地点、クリーニングをお願いするたびには勿論のこと、ガラス越しにあの風景を見るたびに、服を宝物のように扱うプロの愛と真心とについて、迷子にならない為の地図がそこにある。カウンターには額におさめられた愛猫と思われる写真があった。
2012年11月4日
2012年10月3日
何かと感傷に過ぎる季節である。ひと雨ひと雨がいよいよ秋らしい。ファッションの、服づくりの愛は、深い悲しみを越えられるだろうか。答えは否である。それは時間だけが癒し、一部あるいは全てを忘れさせ、解決してくれるものだ。しかしながらファッションは、服は、その時間の一部であればつくり出せるかもしれない。通常の日曜日が都合悪く、水曜日に振り替えていただいた私塾通いの日。これまで3季+ハンドメイドパンツコース1季を受講してきたが、私的な都合もあり、一旦の最終日となった。他の方の予定もあって、たまたま自分一人の授業であったし、もしそうでなかったとしても、大変不躾ながら私には先生にぶつけたい事柄があった。最後にして、服づくりの技術の事ではなかった。この質問は、相手を選ぶ。答えられる人が限られているからだ。非常にプライベートな部分をえぐる内容になってしまうが、長い歳月をさまざまな時間と戦ってこられた先生にしか伺えない。人生において、本当に先生と呼べる御仁に一人でも巡り会えたら、この上ない幸福である。そして、それはただ唯一自分だけの判断のみによって巡り会えるすべもなく、程度の差に関係なく関わりあった全ての友から享受した良い事・悪い事・喜び・悲しみ・怒り等がない混ぜになり、導かれた結果の幸運だと考える。これまでの授業で、このような質問をされた事は皆無であろうと思われた先生はしかし、意外というべきか、あるいは予想に違わぬというべきか、何ら不自然な間もあけず、とても自然と、且つ真摯に答えて下さった。まさに、先生が先生たるゆえん、真の経験によるお言葉であった。どこかからのコピー&ペーストに毒された私に響く生の声は、服づくりだけではなく一事が万事、全てが繋がったその生き方から紡ぎ出された。その昔、先生が若かりし頃、6つ程度しか離れていない同輩から、しばしば人生の相談を受けてらっしゃった事を聞くにつけ、歳を重ねる事だけが重要とは考えられない。だから、もし今、先生が私より若かったと仮定しても、おそらくその若い先生に向けられたであろう私の質問の行き先は、決して的外れではなかった。もちろん、服をつくりに来た事を忘れてはいない。ウェストコート (ベスト)のまとめ作業をする。昔のやり方も取り入れた尾錠まわりの処理、袖ぐり・ハナの星入れ。これで一旦ここを離れるが、これまでの復習だけでも一生服づくりを楽しめるほどの濃度だ。時間の許す限り、研鑽を重ね、ナインテイラーズのうちの、せめてワンかツーかスリー分くらいにはなって、復帰できたらと秋の雨天に想う。近日中に先生からお客様への納品を待つ、幻の生地 ”マジック” で仕立てられたダブルのストライプジャケットのこれ以上無い出来ばえの一つの到達点は、悲しみの一部を癒す愛を持ち合わせていた。恐縮な事に、技術やフィーリングは学生時代から、身に余るほど褒めそやしていただいていた部分があった反面、10年来ずっと、女性像(男性像)や服づくりの目的の不在という致命傷を全く解消できずに佇んでいた。それが愛であったという事は、ここへきてやっと確信であると思える。それを形にできるか。鈍感な帆を張って、船体を引きずり回して進む。
2012年9月26日
服飾学校時代、机を並べていた友人が吉祥寺に古着屋を開いた。開店から一ヶ月以上過ぎ、ようやく顔を出す。駅からも近く、店内は広々で、良質のアイテムが多品種で揃っており、ご婦人から学生までを惹き付けるかわいいものから、流行に顔を出すオーセンティックなデザインの原始である元ネタまでも並ぶ。駅前では、23時まで開いている古着店もあるというくらい、言わずと知れた繁華なエリアにして、メディアでも住みたい街ナンバーワン常連の吉祥寺に誕生した『Orfeo』は21時までの営業。
開店祝いにと、井の頭線の反対の端、渋谷にて友人に花束をお願いする。Orfeoの友人とは、数年会っていなかったので、学生時代のイメージに加え、ブログで拝見したお店の様子などを伝えて、あとはお任せする。黒蝶(ダリア)、フリージア、とても良い香りのアフリカンバジル。その美しさを写真で再現出来ないのが残念である。『 Lady Bugs 』は、近所にあったらいつも通いたい素敵なフラワーショップ。
2012年9月9日
潤沢な手間と時間を注ぎ込むわりには、相対的に見て、あまり高い値段をつけられない(お客様がそれに充分な金額を払う考えやスタイルが少ない)という事に、いつもぶつかるハンドメイドのパンツが、レストランにおけるコンソメと同じ運命を辿るのは勿体無いといつも会話にのぼるのと同様に、今年何度も繰り返された「残暑が長い」という挨拶で始まった九月一回目の私塾日。裁断まで済んでいるジャケットの芯パターンづくりと裁断をし、同時に、ほぼ同じ形ではあるが、脇に珍しいカッティングを取り入れるジャケットのカッティングをする。ポケットの切り込みを利用して、別布をはめ込むのだが、タチキリ線で表そうとするので、最初はなかなか寸法計算に手こずるが、縫い目が一本増える計算になるので、非常に綺麗なラインを期待出来る。実技以外の質問事項として、ブレイシスで吊るパンツ作成の場合のウエストまわりについての考え方(食事を経てのお腹の変化や、礼服等の上物の丈の短さに対応するなど)、作成中のパンツの渡りについての考えと相談、手かがりボタンホールの芯糸について教えていただく。その他、先生のところの、いろいろなサイズやデザインのジャケットを試着させていただいたが、ネックポイントで着ているという感覚が絶大で、同時に衿の吸い付きの反りが肌感覚で感じられ、中でも、布だけで持ってみれば物量として相当重い、草原で寝転んでも大丈夫『ソーン・プルーフ』製のものは、きっちりテーラリングできれば、この上なく軽くこれほどまでに快い着心地を実現出来るというお手本であった。昔の日本の服には、「首の後ろに重点がかかるように作れ」とよく言われたようだが、それでは肩が凝る(日本語によって生じる状態)のは必至である。試着させていただいた麻のジャケットやツイードのジャケットを通して、その土地土地に相応しい生地というものがあるのではないかという話となる。
2012年8月27日
そう馬鹿みたいに口をポカンと開けている訳では決してないが、体調不良などもあり、あっという間に二週間が経つ。秋とは名ばかりの猛暑の中、私塾へ。どうしても納得出来ない部分の対処を相談する事と、その他いくつかの質問を持参し勉強する。ベストの衿みつの、ちょっとしたツキ皺が気になっていたが、やはり最後はハンドメイドの一番素晴らしいポイントであるアイロンワーク(もっと言えば、ハンドメイドとはアイロンワークの事であると言える。)にて解決する方向へ。経糸・緯糸で織られている生地の全体フラットな力を、熱と蒸気と時間と温度差によって、引っ張ったり縮めたりする事で、型紙で描いたデザイン曲線やダーツだけでは作りきれない立体感を出し、身体と運動にフィットさせるという目的に達する。今回は、バイアスで裁った「みつ布」を思い切って伸ばし、つまり肩の横方向に引っ張る事で、数ミリの寸法微調整では解決しきれなかった「ツキ」を解消し、背中に吸い付く事を狙ったものである。併せて、今回の背に使った裏地は、どうやら硬くて張りがあり過ぎるきらいがあって、素材選びでも反省すべき点があった。
完成に近いスラックスではあるが、後ろの表情と、右腰の張りに対する落ち感が万全ではない。着心地も向上出来る余地があると考える。後ろ股ぐりを1センチくったものから、さらに横にも少し寸法を出し、引き皺気味なのを解消する。前は腰をさらに出す事とする。これで良いと思った型紙でも、素材によって結構違ってくる事が分かって来た。その他、次回作ろうと思う上着の、パーツのはめ込みパターンの考え方、カラークロス使用ではない場合はどうなるか等の疑問をうかがう。
2012年8月26日